“わたしの夢“応援プロジェクト
vol.21 トーク+実演イベント
「野村万蔵さんと林家正蔵さんの『笑う日本の伝統芸』」を開催しました
2019/10/01
各界で活躍するさまざまなアーティストが、被災地・東北の大人たち、子どもたちとともに、語り合い、学び合い、教え合いながら、ひとりひとりの夢の実現について考えるイベントシリーズ "わたしの夢"応援プロジェクト。7月13日(土)、いわきPITでの最新回は、日本の古典芸能をフィーチャーしました。
題して、野村万蔵さんと林家正蔵さんのトーク+実演イベント「笑う日本の伝統芸」。狂言と落語、歩む道は違っても、笑いの伝統を今に伝え続けているふたりが、日本の笑いの豊かさについて語り合いました。東北の方々へ、笑いという名の希望を届けたい。その思いに立ち上がった万蔵さん、正蔵さんの楽しい対談だけでなく、狂言、落語の実演もあわせて楽しむことができるという、ゴージャスなイベントとなりました。
午前のいわき駅に到着したのは、野村万蔵さん一行。野村万蔵さんは、2人のジュニア(野村万之丞さんと野村拳之介さん)と、一門の狂言師・河野佑紀さんを伴った、総勢4名の旅。兄の万之丞さんは、狂言だけでなく、明治天皇役で「西郷どん」(2018)に出演して活躍の舞台を広げています。弟の拳之介さんは、東京芸大邦楽科に在籍し能楽を専攻中。河野佑紀さんは、劇団青年座の俳優養成所から狂言に転じた珍しいキャリアの持ち主。
いわき駅に到着したばかりの野村万蔵さん。
イベント本番を前に、一行は、バスでいわき市内の被災地を視察しました。到着したのは、いわき市久之浜地区の「浜風きらら」。震災から約半年後、いわき市の久之浜第一小学校敷地内に仮設店舗としてオープンした「浜風商店街」を前身とする商業施設です。まずは、震災当時の写真が展示された施設内のギャラリーを見学。当時の被害の大きさや避難のエピソードを聞き、改めて、震災がもたらしたダメージを追体験します。
「浜風きらら」にほど近い海岸には、「秋義(あきば)神社」があります。海辺から約40mの場所で、周囲の家屋や建物は全て流されてしまったにもかかわらず、この神社だけが、ほぼ無傷でぽつんと残っていたことから、"奇跡の神社"と呼ばれることになりました。神社に参拝する野村万蔵さん一行。奇しくもこの日、久之浜海岸は実に9年ぶりの海開きの日で、地元の人々が準備に取り掛かっている真最中。震災後に植樹された木々の成長には、時の流れが宿ります。その一方で「9年ぶりの海開き」という言葉には、復興の険しい道のりを感じずにはいられませんでした。
“奇跡の神社”秋義(あきば)神社を参拝。手を合わせて、震災の犠牲者の方々に祈りを捧げます。
「浜風きらら」で昼食中、拳之介さんが学ぶ東京芸大能楽科の話に。能楽専攻の学生数は拳之介さんを含めてわずか2名で、講師は万蔵さんと萬斎さんが2年交代で務めるという贅沢なカリキュラムです。2月に行なわれた狂言のパリ公演での観客の反応も話題に上ります。「日本よりも笑いが多いくらいの大好評でした。狂言のパフォーマンスがノンバーバルな面があることや、フランス語の翻訳のおかげかもしれません」と万蔵さん。上演中、「妻が青梅(=すっぱいもの)を食べたがる」、つまり懐妊していた、というくだりで笑いが起きたそう。青梅をいったいどのように訳したのだろう、と万蔵さんは思いをめぐらせます。
昼食を終え、バスは一行を乗せていわきPITに向かいます。遅れていわき入りした林家正蔵さんも、舞台裏の控室に到着しました。満員の約200名が、客席で開演を心待ちにしています。
イベントは、どちらも黒紋付にはかま姿の万蔵さん、正蔵さんの対談からスタート。ふたりには、伝統芸能の後継者として生まれ、実父が師匠という共通項があります。芸の道は厳しかったはずですが、万蔵さんと正蔵さんの柔らかい物腰からは、くつろいだ楽しさと暖かい人柄がにじむばかりです。万蔵さんが「生きていればつらいこともあるが、笑いで前向きに生きようという気持ちになれる」と狂言の魅力を紹介すれば、正蔵さんは「登場人物は大抵、駄目な人。騒動を起こすが最後はハッピーエンドになる。人生は大変だけど、まんざらでもないねと思わせる」と落語の魅力を語りました。
イベント開幕!! 野村万蔵さん(左)と林家正蔵さん(右)による軽快なトークに惹き込まれます。
会場は満員札止め。過去最高の高倍率申込を勝ち抜いたオーディエンス約200名の熱気で盛り上がりました。
休憩をはさんでの後半は、正蔵さんの落語「鼠(ねずみ)」からスタート。仙台が舞台の噺ですが、いわきの地名も登場させながら、観客席の集中を誘います。動物あり、子どもあり、人の情けあり、もちろんナンセンスありの30分は、万雷の拍手で終了しました。
林家正蔵さんは、落語「鼠(ねずみ)」を披露。仙台の落ちぶれた宿屋に泊まったのは、飛騨の名工・左甚五郎。健気な宿屋の坊やに心動かされて、木彫りの小さなねずみを残していきます。その木彫りねずみが、まるで生きているように動き出したので、大評判に。落ちぶれた宿屋をよく思わない腹黒のライバル宿屋が、すかさず対抗策を打ち出しますが…。
ラストは、万蔵さん一門による狂言「棒縛(ぼうしばり)」。万蔵さんが太郎冠者、万之丞さんが次郎冠者、河野さんが主、拳之介さんが後見を務めます。カラフルな衣装に独特の所作、狂言独特の言い回し。でも、難解さは微塵もなし。観客席には、大人だけでなく、小さな子どもの笑い声も交じります。
狂言「棒縛(ぼうしばり)」は親子共演。太郎冠者の野村万蔵さん(右)と次郎冠者の万之丞さん(左)。主人の留守中、家の酒を飲んでしまうというので、主人は、家来ふたりの手を縛って外出しますが、ふたりは一計を案じて、酒を飲み干してしまいます。「両手を縛られるという制約を受けても、知恵を絞って困難を打開しようとする太郎冠者と次郎冠者に、震災復興へのエールを重ねました」と万蔵さん。
「どっちもすごく楽しかったね!!」。終演後、一緒に来た母親を見上げて話しかける、小学生の女の子のキラキラなまなざしが印象的でした。その通り、笑う日本の伝統芸は、飛び切り楽しくて、飛び切り豊かなのです。