“わたしの夢“応援プロジェクト vol.24 トーク+実演イベント「野村万蔵さんと古今亭菊之丞さんの「笑う日本の伝統芸」を開催しました
2020/03/23
2019年7月、いわきで実施した「笑う日本の伝統芸」シリーズが、ところを変えて、冬の釜石に登場しました。釜石でのイベントは、釜石PITで行うことがほとんどでしたが、本格的な古典芸能の上演のため、今回の会場は、釜石PITに隣接する釜石市民ホール TETTO ホールA。2017年にオープンした新しいホールです。
イベント前日の2月7日(金)に釜石入りしていた野村万蔵さん一門の4人(万蔵さん、万之丞さん、拳之介さん、河野佑紀さん)と、イベント当日2月8日(土)の午前中に釜石線で到着した古今亭菊之丞さんは、釜石駅前に停車中の貸切バスで合流します。出演者一行が向かったのは、釜石市の北部にある鵜住居地区。ラグビーW杯の会場となった釜石鵜住居復興スタジアムのほど近く、2019年3月にオープンしたばかりの新しい施設「うのすまい・トモス」に、バスは停まります。東日本大震災の記憶や教訓を将来に伝える、複合公共施設です。
貸切バスで「うのすまい・トモス」に向かう、野村万蔵さん(左)、古今亭菊之丞さん(中)、一般社団法人チームスルマイル代表理事・矢内廣(右)。
「うのすまい・トモス」に到着。2月の釜石としては暖かい日で、アウターの前を開ける余裕も。
展示室内のガイド役は、この施設で東日本大震災の語り部を務める菊池のどかさん。震災当時、釜石東中学3年生だった菊池さんは、9年前の3月11日の避難経験をリアルに語ります。「それまでやってきた避難訓練の通り、中学校の校舎を出て、途中で鵜住居小学校の子どもたちと合流し、わたしたちが小学生の手を引いて必死で逃げました。小学生には『大丈夫。心配しないで』と言いながら、わたし自身が不安で不安で仕方がありませんでした」。
「うのすまい・トモス」内の「いのちをつなぐ未来館」で、語り部の菊池のどかさん。
「釜石の奇跡」という言葉があります。2011年の大震災で、釜石市内の小中学生約3,000人は、生存率99.8%とほぼ全員生き延びることができたことをそう呼びます。震災に先立つこと6年以上、釜石市では、防災教育と避難訓練を徹底してきました。「釜石の奇跡」は、その成果です。展示室には、一歩間違えば津波にのまれていたかもしれない避難時の様子が、地図や子どもたちの絵によって、記録されていました。訪れた出演者たちは、言葉もないまま、語り部の話しに耳を傾け、展示物をじっと見つめるばかりです。災害のない、穏やかな日々が、どれだけかけがえのないものなのか、そこにいる全員が思いを嚙みしめました。
昼食場所にあった、虎の和オブジェ。釜石は、伝統芸能「虎舞」が有名です。
昼食の後、一行を乗せたバスは、釜石PITに隣接する釜石市民ホールTETTOへ。事前申込の観覧者450名が、開演を待っています。ホールAのステージ上は、今日ばかりは、仮設の能舞台。したがって、土足は厳禁です。冒頭挨拶にかけつけた野田武則・釜石市長も、舞台袖で靴を脱いで、マイクの前に立ちました。
野村万蔵さんが理事を務めるNPO法人ACT.JTが、2011年に釜石で、伝統芸能パレード「大田楽」を開催した際、野田市長は、白装束に扇烏帽子姿で「田主(たあるじ)」を演じたそう。ちなみに田主は、パレードのボス役です。
釜石市民ホールTETTO ホールAは客席数838。この日は450人が「笑う日本の伝統芸」を堪能。このホールで狂言が上演されたのは、今回が初めて。
野村万蔵さんと古今亭菊之丞さんの「笑う日本の伝統芸」、まずは、ふたりの対談から。野村万蔵さんが、4歳のころ、舞台上でおもらしをしながらも、与えられた小猿の役を演じきった話を披露すれば、古今亭菊之丞さんは、中学校の三者面談のとき、担当の数学の先生が「こいつを落語家にしてやってください」と保護者に言ってくれた思い出で対抗。楽しいエピソードが途切れず、客席の笑いを誘います。「狂言は、竹を割ったような楽しさが命。落語は、あっちを見て、こっちを見て、簡単な道具だけで、細かく空気を作っていけるのがいいところですね」と野村万蔵さん。古今亭菊之丞さんは「ひとりで色んな役を演じられるのが、落語の醍醐味です。狂言は、格調が高いのに、ちゃんと笑いがある。そこが魅力」。笑う日本の伝統芸に生きるふたりが、互いの芸にエールを送ります。
イベントは、万蔵さん、菊之丞さんのトークでスタート。能舞台さながら、バックには、布製の「松羽目」も。
思い出話を語るにも、自然に演技が混じります。
対談の後は、古今亭菊之丞さんが、落語「親子酒」をたっぷり。酒好きの父と息子が、ともに禁酒を誓いますが、どちらも、相手のいないところで誓いを破ってしまいます。ともに禁を破った父親と息子が、どちらも泥酔して対面するところが見ものです。釜石の地元のお酒の名前を引用して笑いを増幅させながら、1杯が2杯、2杯が3杯と盃を重ねて、次第にベロベロになっていく登場人物の描写が見事です。
古今亭菊之丞さんの「親子酒」。マクラではこの表情。昔の役者さんみたいです。
演じているのは酔っ払いでも、手先にはきちんと美しさが宿ります。
説明不要。ベロベロです。
ラストは、狂言「萩大名」。野村万蔵さんが大名、野村万之丞さんが太郎冠者、河野佑紀さんが茶屋、野村拳之介さんが後見を務めます。京を訪ねた田舎大名が、太郎冠者の導きで、美しい萩の咲く茶屋を訪ねます。この茶屋を訪ねた者は、和歌を一首、創作するのがルールですが、田舎大名には、まるで和歌作りの心得がありません。太郎冠者のヘルプで何とか切り抜けようとしますが、あまりの無能ぶりに、太郎冠者もついに匙を投げます。野村万蔵さんの大名は、笑ったり、とまどったり、ごまかして逃げようとしたり、所作と表情が豊か。開演直後の挙手インタビューでは、「狂言を観るのははじめて」という人が多かった客席ですが、終演後に出演者が「とても温かい雰囲気でやりやすかった」と言うくらい、にぎやかな笑いが終始、会場を包んで止むことがありませんでした。
野村万蔵さん一門による、狂言「萩大名」。万蔵さん、これぞ狂言師の笑顔。横顔は太郎冠者の万之丞さん、左は後見の拳之介さん。
和歌作りを笑ってごまかす大名。万之丞さんの太郎冠者と、河野佑紀さんの大名は「…」な無表情。
表情が豊かな、万蔵さんのおとぼけ大名。装束の美しい色使いと大胆なデザイン。
東日本大震災から丸9年を迎える3月11日まで、あと1ヵ月。まだ寒い2月の釜石で、笑うことの豊かさ、大切さを、もう一度、再認識することができたイベントでした。終演後、会場を後にする一行のバスには、ずらりと出待ちがありました。
一行を乗せたバスが、釜石市民ホールTETTOを後にします。
写真:西条佳泰/Grafica Inc.