“わたしの夢” 応援プロジェクトvol.20トークイベント「待ってろ世界!!福島のパラの星」を開催しました!

2019/04/04

2016年5月、有森裕子さんをいわきPITに招き、記念すべき第1回目を開催した、チームスマイルpresents "わたしの夢" 応援プロジェクトが、めでたく20回目の節目を迎えました。トークイベント「待ってろ世界!! 福島のパラの星」3月23日(土)、福島県いわき市にある、県立平商業高等学校体育館での開催です。

車椅子専用のバスで、いわき市内視察ツアーへ。

車椅子専用のバスで、いわき市内視察ツアーへ。

車椅子専用のバスで、いわき市内視察ツアーへ。

車椅子専用のバスで、いわき市内視察ツアーへ。

いよいよ1年半後に迫ってきた2020年東京パラリンピック。今回は、来年の夏に、世界をあっと驚かせてくれそうな福島県ゆかりのパラ・アスリート2名を招き、特別インタビュアーの乙武洋匡さんの導きで、パラ競技の魅力を深く掘り下げようという企画です。

乙武洋匡さん。車椅子の後輩ふたりに、この笑顔。

乙武洋匡さん。車椅子の後輩ふたりに、この笑顔。

乙武洋匡さん。車椅子の後輩ふたりに、この笑顔。

乙武洋匡さん。車椅子の後輩ふたりに、この笑顔。

パラ選手のひとり目は、2018車いすバスケットボール世界選手権日本代表キャプテン、福島県いわき市出身、株式会社WOWOW所属の豊島英(とよしま・あきら)選手。もうひとりが、ウィルチェアーラグビー日本代表強化指定選手、福島県田村郡三春町在住、現在、高校1年生の16歳、橋本勝也(はしもと・かつや)選手です。

橋本勝也選手。16歳のまなざしはさわやかです。

橋本勝也選手。16歳のまなざしはさわやかです。

豊島英選手。頼れる日本代表キャプテンの顔!!

豊島英選手。頼れる日本代表キャプテンの顔!!

橋本勝也選手。16歳のまなざしはさわやかです。

橋本勝也選手。16歳のまなざしはさわやかです。

豊島英選手。頼れる日本代表キャプテンの顔!!

豊島英選手。頼れる日本代表キャプテンの顔!!

この日の午前9時30分、いわきPITで合流した乙武さん、豊島さん、橋本さんの車椅子チーム3名は、車椅子専用の移動バスに乗り、イベント本番に先駆けて、いわき市内のバス視察ツアーへ出発します。いわき市内の視察ツアー、一行は、いわき市内で最も津波被害が甚大だった薄磯海岸へ向かいました。乙武さん、豊島選手、橋本選手が、砂浜の手前の防波堤で車椅子を止め、今なお、被災後の広大な更地が広がるばかりの薄磯海岸で、しばし、震災後8年の、ときの歩みの残酷な遅さを実感します。特に、地元出身の豊島選手にとっては、子供の頃に遊びに来たこともある場所。震災当時は双葉町に住んでいたこともあり、復興への思いは人一倍です。「私のバスケットボールで、多くの人が何かを感じてもらえたら嬉しい」と豊島選手は語っていました。

薄磯海岸にて。復興の現状を目の前に、この表情。

薄磯海岸にて。復興の現状を目の前に、この表情。

薄磯海岸にて。復興の現状を目の前に、この表情。

薄磯海岸にて。復興の現状を目の前に、この表情。

続いて、かんぽの宿で昼食。出演者はいずれも、今日が初対面の3人でしたが、障がいのこと、夢のこと、家族のこと…と話も大いに弾みます。あっという間にその絆は深まって、笑顔ばかりのランチタイムとなりました。

バスが、イベント会場の福島県立平商業高等学校体育館に到着しました。平商業は、豊島英選手の母校です。豊島選手の入学を機に、学校はバリアフリーになりました。会場である体育館へ、勝手を知る豊島選手がずんずん先導して進んでいきます。会場内の客席は、続々と到着するイベント観覧者の人たちで一杯に。車椅子に乗った女の子、男の子たちの姿もあります。この日は、7台の車椅子での観覧がありました。

福島県立平商業高等学校へ。体育館へ向かいます。

福島県立平商業高等学校へ。体育館へ向かいます。

福島県立平商業高等学校。右端が会場の体育館。

福島県立平商業高等学校。右端が会場の体育館。

福島県立平商業高等学校へ。体育館へ向かいます。

福島県立平商業高等学校へ。体育館へ向かいます。

福島県立平商業高等学校。右端が会場の体育館。

福島県立平商業高等学校。右端が会場の体育館。

イベントの開演は午後2時30分。まずは出演者3名の紹介、続いて、競技紹介のミニムービーを全員で観て、競技のABCをコンパクトに学びます。乙武さんが、まずは5分ずつ、豊島選手と橋本選手にインタビュー。ふたりのプロフィールを、観客席にお披露目します。

続く競技デモンストレーションで、観客席が沸きます。車椅子バスケットボールの豊島選手は華麗な車椅子ドリブルとシュートを披露。会場からの志願者が、豊島選手の指導で、車椅子に乗ってシュートを試みます。志願者は全員、学生のころ、少なくとも体育の授業で、バスケットをプレイした経験があったでしょう。「見ている以上に、ゴールへ届かないものなんです。ボールが結構重いので」と豊島選手。車椅子バスケットボールは、健常者バスケと同じ7号球を使いますが、上半身と腕の力でボールを飛ばすのは大変です。

豊島選手が見せた、これが日本代表のドリブル!!

豊島選手が見せた、これが日本代表のドリブル!!

豊島選手の指導で、車椅子でのシュート体験コーナー。

豊島選手の指導で、車椅子でのシュート体験コーナー。

豊島選手が見せた、これが日本代表のドリブル!!

豊島選手が見せた、これが日本代表のドリブル!!

薄磯海岸にて。復興の現状を目の前に、この表情。

薄磯海岸にて。復興の現状を目の前に、この表情。

ウィルチェアーラグビーの橋本選手は、車椅子タックルの体験コーナーを受け持ってくれました。これまた会場からの志願者を募って、競技用車椅子に座ってもらい、橋本選手が10mほどのフル助走をつけて、思いっきり志願者の車椅子に衝突します。車椅子の前部には鉄パイプのバンパーがあるので、タックルされても痛みはまったくありませんが、ぶつかるときの衝撃と、全速力で相手が向かってくる恐怖がもう、半端なし。ゴツンと鈍い衝突音が響くたび、客席からどよめきが起こりました。「タックルを見るまで、正直、ウィルチェアーラグビーを舐めてました。あのタックルを見てしまったら、もう絶対やりたくない」と乙武さん。会場に同意の笑いが広がります。

橋本選手、今まさにタックルの助走開始の図。

橋本選手、今まさにタックルの助走開始の図。

タックル命中の瞬間。重低音の「ゴン」という音が。

タックル命中の瞬間。重低音の「ゴン」という音が。

橋本選手、今まさにタックルの助走開始の図。

橋本選手、今まさにタックルの助走開始の図。

タックル命中の瞬間。重低音の「ゴン」という音が。

タックル命中の瞬間。重低音の「ゴン」という音が。

イベントのラスト45分は、乙武さん、豊島選手、橋本選手のクロストーク。スポーツライターでもある乙武さんの質問は、車椅子バスケットボールとウィルチェアーラグビーの魅力へ、深いところまで迫っていきます。

3人のトークタイム。競技の楽しさ、そして厳しさ。

3人のトークタイム。競技の楽しさ、そして厳しさ。

3人のトークタイム。競技の楽しさ、そして厳しさ。

3人のトークタイム。競技の楽しさ、そして厳しさ。

橋本選手は言いました。「競技と出会ったのは中学2年の冬でした」現在16歳なので、つまりは2年前です。「最初は、どんどんぶつかってくる相手選手に対して「こっちに来るなよ」と思っていましたが、今はどんどん自分から当たりに行くのが快感。うまく相手に当たれたときは「ヨッシャー」という気分です」

30歳の豊島選手は「ぼくが競技をはじめたころは、車椅子バスケットボールが障がい者スポーツの花形、という感じでしたが、今はいろいろなスポーツがあって、それぞれの障がいに合わせて、自分の地元で競技ができる環境になってきました。変化してきていると思います」と語ります。

ここで、46歳の乙武さんがブレイク。「今日、ランチをしながらみんなで話しているときに、びっくりしたことがあります。それは、橋本選手の小学校のころの夢が「車椅子バスケットボールの選手になること」だったと教えてもらったことです。ぼくの小学校時代は、障がい者のスポーツがあるということなんてまったく知らなかった。豊島選手の小学校時代は、障がい者のスポーツがあるということは知っていても、まだまだ身近ではなかったと思います。16歳の橋本選手は、小学校時代ですでに、選手になることを夢見ていた。そういう夢を描ける時代になってきたということ。普及が進んでいる証拠です。いい流れです」

一方で、こういう現実もあります。乙武さんは問いかけます。「豊島選手に訊きますが、遠征などに出かけるとき、車椅子での移動は楽になったという実感はありますか?」豊島選手の答え。「改善されている感覚は、正直、ないですね」わたしたちひとりひとりが、まっすぐに受け止めなければいけない言葉です。橋本選手が言葉を継ぎます。「ウィルチェアーラグビーには、障がいの重い選手もたくさんいます。健常者の方がもっともっとスタッフとして参加してくれれば、選手が練習できる時間を、より多く作りだすことができるんです。お待ちしています」

最後に、豊島選手、橋本選手、乙武さんの夢を聞いてみました。豊島選手は「東京パラリンピックでメダルを取ること。もちろん金色です」橋本選手は「金メダルはもちろん夢ですが、まずは代表になること。東京大会のあとも、エースで活躍できること」乙武さんは「義足プロジェクトという試みに参加しています。車椅子でなく、義足で、東京大会の聖火ランナーになることが夢です」2時間にわたるイベントのラストは、温かく大きな拍手で包まれます。

2020年夏、日本のパラスポーツが輝きます

2020年夏、日本のパラスポーツが輝きます

2020年夏、日本のパラスポーツが輝きます

2020年夏、日本のパラスポーツが輝きます

来年の夏が、待ち遠しくなりました。東京パラリンピックの大舞台で、豊島選手、橋本選手、乙武さんの夢が、必ずや、かないますように。

事前応募の109名の方が体育館に集まりました。

事前応募の109名の方が体育館に集まりました。

事前応募の109名の方が体育館に集まりました。

事前応募の109名の方が体育館に集まりました。

撮影:Suzuki Jouji